第八五番 横須賀 玉林寺
海岸山 | |
曹洞宗 | |
釋迦牟尼佛 | |
1570年から1590年頃(元亀・天正年間) | |
東海市横須賀町ニノ割93 | |
0562-33-2276 | |
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お寺のいわれ
海岸山 玉林寺の歴史
当寺は曹洞宗の寺である。草創は本寺である加木屋町晋済寺四世休安存宿大和尚の開山で、年号は詳らかではないが、元亀天正の頃と思はれ、開基は 哭堂恕公首座。古くは多宝山という山号であったが、延享時代に現在の海岸山になり、寺号も元は玉林斎であったが、昭和二十七年に玉林寺と改められる。はじめは平僧地という寺格であったが、明治十九年に十四代の深山介禅大和尚によって、本寺普済寺十九世雲外元嶺大和尚を招し、傳法初祖となし法地に昇格、現在に至る。境内には慈海観音菩薩、十六羅漢、風神雷神の石造等が祀られ、墓地には俳諧を名古屋の久村曉台に学び、その五老の一人と数えられる。文化文政時代に活躍した俳人村瀬大阜・村瀬帯梅の石碑があり、同時代に活躍したと思はれる力士君濱の碑も有る。又 江戸中期に約五十年にわたって活躍し、米沢藩主上杉鷹山の師であり、日本を代表する儒学者・細井平州が尾張藩の藩校明倫堂督学(校長)の時、 尾張から美濃に及ぶ各地で廻村講話を行ったが、知多では天明三年十月 二十八・二十九両日で7700人もの聴衆が集まり、講話が行われた寺でもある。