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海岸山 |
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曹洞宗 |
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釋迦牟尼佛 |
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1570年から1590年頃(元亀・天正年間) |
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東海市横須賀町ニノ割93 |
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0562-33-2276 |
海岸山 玉林寺の歴史
当寺は曹洞宗の寺である。草創は本寺である加木屋町晋済寺四世休安存
宿大和尚の開山で年号は詳らかではないが元亀天正の頃と思はれ開基は
哭堂恕公首座。古くは多宝山という山号であったが延享時代に現在の海
岸山になり寺号も元は玉林斎であったが昭和二十七年に玉林寺と改めら
れる。はじめは平僧地という寺格であったが明治十九年に十四代の深山
介禅大和尚によって本寺普済寺十九世雲外元嶺大和尚を招し傳法初祖と
なし法地に昇格、現在に至る。境内には慈海観音菩薩、十六羅漢、風神
雷神の石造等が祀られ、墓地には俳諧を名古屋の久村曉台に学び、その
五老の一人と数えられ、文化文政時代に活躍した俳人村瀬大阜・村瀬帯
梅の石碑があり、同時代に活躍したと思はれる力士君濱の碑も有る。又
江戸中期に約五十年にわたって活躍し、米沢藩主上杉鷹山の師であり日
本を代表する儒学者細井平州が尾張藩の藩校明倫堂督学(校長)の時、
尾張から美濃に及ぶ各地で廻村講話を行ったが、知多では天明三年十月
二十八・二十九両日で7700人もの聴衆が集まり講話が行われた寺で
もある。
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